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ダヴィデ・ピガンゾーリが語るジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスの違いについて
情報源:Piganzoli: dal Giro al Tour accanto a Vingegaard
2025年までイタリアのProTeamのTeam Polti VisitMaltaで走り、2026年からTeam Visma | Lease a Bikeへ加入した24歳のイタリア人クライマーのダヴィデ・ピガンゾーリ。
今年はジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスという2つのグランツールを走り、特にジロ・デ・イタリアではヨナス・ヴィンゲゴーの支える大活躍を見せた。
特にヴィンゲゴーを山岳で発射させる役割を担いつつも、それで仕事を終えて下がっていくのではなく、できるだけステージ上位でフィニッシュすべくゴールラインまでペダルを緩めないというシーンが多かったことが強く印象に残っている。
上記イタリアの自転車専門メディア「bici.PRO」のインタビューでは、ヴィスマ加入後の環境の変化、ヨナス・ヴィンゲゴーのアシストとして学んだこと、そして今後の目標について率直に語っている。
ピガンツォーリにとって2026年のジロ・デ・イタリアは、キャリアの転機となった。
山岳ではヴィンゲゴーを支える最後のアシスト役を任され、その働きぶりはチーム内でも高く評価された。特に終盤の山岳ステージでは、セップ・クスの後を引き継いで集団を絞り込み、ヴィンゲゴーの決定的なアタックを演出する重要な役割を果たした。
この献身的な働きにより、ヴィンゲゴー本人から厚い信頼を得ることになり、その後のツール・ド・フランスのメンバーにも抜擢された。
そのツール・ド・フランスでは、当初はヴィンゲゴーの総合優勝を支える山岳アシストとして出場していた。
しかし、第15ステージでヴィンゲゴーが落車し鎖骨を骨折してリタイアすると、チームの戦略は大きく変更。総合順位でチーム最上位にいたピガンゾーリは、一転して自由な走りを許され、ステージ優勝を狙う立場となった。
本人はタイムトライアルで体力を温存し、終盤の山岳ステージに勝負を懸けたが、脚の状態が優勝争いに十分ではないと判断すると、自らのチャンスを捨てて再びセップ・クスのサポートへ回ったと話す。
2026年はピガンツォーリにとって初めてのワールドツアーシーズンだったわけだが、インタビューでは、世界最高峰のチームで過ごした数か月について、単純にレースレベルが高いだけではなく、トレーニング、栄養管理、標高キャンプ、そしてレースへの準備まで、あらゆる面で学びがあったと振り返っている。
特にヴィンゲゴーとともにトレーニングキャンプや各種レースを闘った経験は、自身の成長につながったと語っている。
そんなピガンゾーリだが今年のジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスの両方を走った経験から、両大会の違いについて次のように語る。
ピガンゾーリは、ツール・ド・フランスではステージ中に集団のペースが落ち着く時間がほとんどないと話す。
一方でジロでは、レース展開によってはプロトンのペースが緩み、比較的落ち着ける場面もあったと振り返っています。
つまり、ツールは毎日が高強度で進み続けるという印象を受けたとのことだ。
この点も近年ツール・ド・フランスが大会史上最高の速度で進むのを繰り返す理由でもあるだろう。牧歌的なかつてのツールとは全く異なる次元・レベルの大会になっているわけだ。
また今回のピガンゾーリの最も印象的なコメントとして、山岳での選手のレベルが全く異なるという趣旨のものがある。
すなわち、ジロ・デ・イタリアではピガンゾーリが集団の先頭を牽引するとついてこれたのは5~10人程度だったが、ツールでは同じように牽引して50人程度が普通についてくると語る。せっかく懸命に集団をペースアップしても全然人数が減らないことは、彼にとって心理的なストレスになったこともあったようだ。
これは、ツール・ド・フランスでは集団全体のレベルが非常に高いということを意味するだろう。選手の覚悟やモチベーションの高さも違うのだろう。
一方で、精神的なプレッシャーでいうとジロ・デ・イタリアのほうが大きかったようだ。その理由は次の2点だ。
一方でツールにおいては、