レビュー
Rapha






Enter your email address below and subscribe to our newsletter

ジロの前責任者が2020年ジロ・デ・イタリアは日本の東京開催の寸前まで準備が進んでいたことを明かす
2026年ジロ・デ・イタリアは1つの時代の終わりでもある。
それは長年にわたりジロ・デ・イタリアのコースを設計し続けてきた責任者のマウロ・ヴェーニ(主催者RCSのレースディレクター)が生涯最後のコースデザインを担当したからだ。彼は公式には今年の2月で退任となっている。
イタリアの自転車界において強い存在感を放ってきたレースディレクターの引退は、単なる人事交代にとどまらず、近代ジロ・デ・イタリアの一時代の終焉と考えられる。
そんな彼が東京でジロ・デ・イタリアを開催する準備をしていたと明かす。
情報源:IL GIRO DI VEGNI. «HO DATO TUTTO PER LA ROSA, ORA MI DEDICO ALLE ROSE… NATURALMENTE ROSA»
マウロ・ヴェーニによるジロ・デ・イタリアのコース設計は、山岳中心の大胆なコース設計や、予測不能な展開を生むルート構築で知られてきた。
2026年大会でもその哲学は色濃く残されていると思われる。短めながら危険度の高いステージ、連続する山頂フィニッシュ、総合勢にプレッシャーを与える構成など、最後まで総合争いが続くことを重視したレイアウトが特徴だ。
また、近年のグランツールが安全性やテレビ放映を意識して保守化する中で、ヴェーニは攻撃的なレースを守ろうとしてきた人物だと評されている。
悪天候や選手ストライキ、UCIとの対立など、数々の混乱の場面でも前面に立って発言してきたことから、歴史上最後の名物ジロ・ディレクターとの声も多い。
マウロ・ヴェーニはジロの国際化を強く推進した人物でもあった。
近年ではハンガリー、アルバニア、そして今年のブルガリア開幕など、イタリア国外でのグランデパールを積極的に導入してきた。しかし一方で、イタリア国内では「海外スタートが多すぎる」との批判も根強かったと言われる。
それでも彼はグローバル化こそがジロの価値を高めると考えていたようだ。そして実際に2020年のジロ・デ・イタリアは日本の東京でスタートさせるべく準備が進んでいたもよう。
«Non ci crederà ma nel 2020 arrivammo vicinissimi a fare una Grande Partenza in Giappone, a Tokyo. Era tutto pronto, tutto fatto, poi qualcosa si inceppò…
訳「信じてもらえへんかもしれんけど、2020年には日本の東京でジロをスタートさせる寸前まで行ってたんよ。すべて準備が整って、話もまとまってたんよ。でも、その後どこかで計画が頓挫してしまったたわけ…..」
2020年といえばコロナで延期となったが本来は東京五輪が開催されるはずの年だった。またコロナのせいでジロ・デ・イタリアが秋開催となった年だ。
なお、みんなの記憶に強く印象が残っているだろうが、2021年東京五輪ロードレースは大成功、大活況、大反響で終えた。我々のようなロードレースファンはもちろん、初めてロードレースを見る層にも大好評で、当時のSNSでの盛り上がりもすごいものだった。
おそらくこの2020年に予定されていた東京五輪に合わせて、ジロ・デ・イタリアを東京で……という考えだったのだろう。そのほうがいろいろな点で都合が良かったのだろう。
しかし上の発言のようになぜか実現しなかった。理由は語られていない。
結果的には東京五輪が1年延期となったわけでそれが影響した可能性はあるし、同年のジロも秋開催となったわけで、仮に2020年にジロの東京スタートが決定ずみだったとしてもコロナでご破算になった可能性は高いのではないか。
この点日本政府とも多少は話し合いがあったと思われるのだがどうだろう?当時は安倍政権だっただろうか、その当時ジロ側との接触があったのかなかったのか、政府関係者(あるいは外交官・大使館)の話しを聞いてみたいものだ。
またマウロ・ヴェーニはさらにニューヨークでもジロを開催することを夢見ていたようだ。こちらはあくまで検討レベルで終わったようだったが、大きな夢だったと語る。